「一人二役」「接吻」(江戸川乱歩)

妻の方が一枚上手です

「一人二役」「接吻」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第1巻」)光文社文庫

世の中に退屈していた男Tは、
ある悪戯を思いつく。
付髭をつけ、
夜にそっと自宅に戻り、
妻の布団に忍び込み、
早朝には
姿を消すというものだった。
妻は深夜布団に入ってきた男が
夫とは別人らしいと気付き
困惑するが、やがて…。
「一人二役」

新婚ほやほやの
山名が帰宅すると、妻・お花は
誰のものかわからぬ写真に
接吻をしていた。
夜こっそりと妻が隠した
引き出しを探ると、
そこにはやはり課長・村山の
写真があった。
嫉妬に駆られた山名は、
翌日村山に辞表をたたきつけ…。
「接吻」

両作品とも大正14年に発表された、
夫婦間の行き違いを描いた
江戸川乱歩の小篇です。
探偵小説というよりも
コントに近い趣です。

「一人二役」のTの貞淑な妻は、
やがて夜な夜な忍び込んでくる
正体不明の男(Tの変装)に
親愛の情を訴えるようになります。
その分、Tと妻の間には、
微妙なすきま風が
吹くようになるのです。
Tはその男に嫉妬するのですが、
その男とはすなわち
変装した自分なのですから、
気持ちの持って行き場がありません。

作中に提示されているように、
解決策は3つしかないのです。
「第一は
 仮想の人物を葬って了うこと、
 第二はトリックの
 一伍一什を打明けること、
 そして第三は、
 実に変なことだけれど、
 彼が、細君に愛想をつかされた、
 いわばこの世に用のない
 Tという人物を辞職して、
 その代りに一方の仮想の男に
 なり切って了うこと。」

さてTはどうしたか?
ミステリ調で推移していくのですが、
最後にどんでん返しがあり、
コントに帰着します。
ぜひ読んで確かめてください。

「接吻」の山名は、
帰宅して妻を問い詰めます。
しかし彼女の接吻した写真は
実は山名自身の写真だというのです。
トリックが登場しますが、
結末はコントでもあり
ミステリでもあり、
明るい中にも謎が潜ませてあります。
こちらもぜひ読んで確かめてください。

両篇に共通しているのは、
妻の方が一枚上手であること。
妻が上手に
夫をコントロールしているのです。
でも夫の方はそれに気付いていません。
男という生きものは
やはり肝腎な部分で
何かが一つ足りないのでしょう。

初期の乱歩の、
肩の力を抜いたような
ほのぼのとした二つの作品。
まだ健全(?)だった頃の乱歩を
ぜひお楽しみください。

(2018.9.21)

SplitShireによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「一人二役」(江戸川乱歩)
「接吻」(江戸川乱歩)

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